前回は障害者支援施設 ルンビニー苑の管理者、青木利治さんから支援者としての目線でお話しいただきました。
そして青木さんには、発達障害(多動性障害)を抱えた小学生の息子さんがいます。
今回は奥さんと一緒に、親御さんとしての立場から、現在の課題や社会へ望むものについてお話しいただきました。
【息子への周囲の視線】
青木さんへの取材が始まってからほどなくして、奥さんと一緒に息子さんのS君も合流しました。S君は椅子につく前に部屋の中をきょろきょろと見まわし、お母さんの傍についたり離れたりしていました。
青木(以下敬称略):普段入らないところだと緊張するし、どういうところか確認してからでないと落ち着かないんですよね。
「こんにちはー」と挨拶すると、返事はないけれど少し俯いたような表情。初対面の私に緊張しているというサインなのかな?と感じましたが、しばらくすると席に着き、S君はスマートフォンで動画を見始めます。
青木:電車が大好きなんです。
電車の発車音や踏切の音。時々声を出しながら終始楽しんでいる様子でした。
青木:見た目は普通の小学生なので、周りの方はそういう風に見ちゃうじゃないですか。だからお店の中とかで急に寝っ転がって地団太踏んだり、大きな声を出してしまう時は大変ですね。本人をなだめるのも、周囲からの目線も。見た目だけでは障害特性までは伝わりませんから。
地域の方々は息子の存在を知ってはくれていますが、一部の方からは「どう接してよいかわからない」と困惑している様子もまだ伺えます。「なぜ急に走り出すの?」とか「まだ言葉がしゃべれないの?」とか。でも、そういう風に警戒されると、むしろ息子の方から距離をとって、余計に喋れなくなってしまうんです。「この人大丈夫かな?」って息子も不安がっているんですよね。
私は自分の姉と妹を思い出しました。同じ知的障害でもその特性は正反対です。姉は脚の歪みもあるせいか、あまり大きな動きができずおとなしい性格ですが、服やぬいぐるみのこだわりが強く他のものを渡すと癇癪を起します。妹は活動的で、興味のあるものを見つけたら強い執着を見せて、飛び出したり駄々をこねて騒いだりします。
周囲から見たら突飛な行動に見えますが、怒ったり泣いたりするには当人たちなりの理由が必ずあって、健康な人たちと同じように感情や願望を持っているのです。
【多動性障害の特性と共に】
青木:なので私たちは、もっと息子のことを知ってほしい、そして息子にも社会に慣れていってほしいと思い、旅行や宿泊などの外出をどんどんさせています。いろんな経験をまずはさせてあげたいんです。
青木さんは、今までの旅行の思い出を教えてくださいました。
青木:例えば、息子はドライヤーや髭剃りの音が苦手でして、つい嫌がって叫んでしまうんです。温泉に行って大きな声を出してしまった時には、「すみません!ウチの子障害を持っているので!」とはっきり言っちゃうんですよ。そうすると「なるほどね」「じゃあいいよ」と言ってもらえたりもします。ホテルの予約の時も、事前に障害を持っていることを伝えておきます。こちらからさらけ出してしまうことで、理解を得ておけば、いざという時安心ですから。
青木さんがそう力強く話すのも、昔後悔した出来事があったからだそうです。
青木:5歳ごろの時、目を離した隙にホテルの中で迷子になってしまったんです。その頃はまだママとかパパとか呼ぶことも出来なくて。ホテルには事前の申し込み時に伝えてはいたんですが、従業員に連絡がすべて伝わっていなくて…1時間くらい探し回りましたね。
そうしたらその時に初めて、どこからか「ママ」か「パパ」と叫ぶ声が聞こえたんです。その声を頼りに探したら、一人で泣きながらいたんですよ。それまで誰にも傍にいてもらえていなかったんです。…すごく後悔しました。息子に申し訳なかった。
ホテルの中、小さな子供がひとりきりでいれば、良識のある大人なら放ってはおかないのではないだろうかと私は思います。もしかしたら、声をかけてもS君には伝わらなかったのかもしれない。S君から知らない人から遠ざかったのかもしれない。誰にも出会わなかったのかもしれない。けれども、周囲の人ができることはあったはず。
青木:同じ社会の人間としてみてほしいと思うことはまだたくさんありますね。今までだと「障害者はなるべく外に出さないように」という傾向の親御さんも多かった…でも私たちは逆にどんどん出していこうと、息子のことを知ってもらおうと。
多動性障害含め、人によって病気や障害の特性はバラバラだからマニュアルがない。
そういうところが「どうしたらよいのかわからない」ということに繋がってしまうのでしょう。
今回のインタビューの中、青木さんは「知ってもらいたい」ということを何度も強く言葉にし、望んでいました。
【共働き夫婦の子育て】
奥さん:私たちは共働きなんですが、祖父母や親戚、身近に協力してくれる人がいないと、フルで働くのは難しいですね。学校(特別支援学校)が夏休みなどに入ると、丸一日この子をどこかに預けるのも難しいんです。
S君の多動という症状は、理解のある人や慣れている人でないと安心して預けられないと奥さんは心配されていました。
奥さん:ファミリーサポート(※)が障害児でも受け入れOKとのことだったのですが…送迎だけだったらいいんですけれど、1時間から90分ぐらい面倒を見てもらわないといけないので…正直不安ですね。こういった制度がいろいろある中で、どう組み合わせて利用していくか考えながら。まだ家族内で解決しないといけない場面もやっぱりあります。
青木:留守番も一切できないし、ひとり家に置いておくことはまだできないですね。-同年代の子供たちみたいに、お友達の家で一緒に遊ぶこともできない。人に預けるのも不安な気持ちが大きいです。
※ファミリー・サポート・センター事業は、乳幼児や小学生等の児童を有する子育て中の労働者や主婦等を会員として、児童の預かりの援助を受けることを希望する者と当該援助を行うことを希望する者との相互援助活動に関する連絡、調整を行うものです。
【自分のことも大切に】
奥さん:きょうだいの方だと、私たち親とは違う苦労や思いをされたんじゃないかなって思うんです。「普通だったら、兄弟姉妹の世話までそんなにしなくても」って…きょうだいならではの思いもありますよね。
お話の中で、奥さんからそんな言葉をいただきました。
私の場合、姉妹の世話そのものは生まれた時からの習慣で、姉や妹が望んでその障害を抱えて生まれたわけではないということも、子どもながらにわかっていたつもりでした。
だからこそ、毎日の騒音や、「家を出たい」と感じたことへの罪悪感が辛かったり、精神的な苦しさが強かったと思います。
奥さん:家族の時間を優先していいということも、私たちは伝えていきたいんです。先日耳にした言葉なんですが、「家族は「介護者」ではないので、負担を抱えすぎてはいけない。」って。
我が子を育てるためにも。自分の心身を健やかに保つことも大切。自分たちが倒れてしまったらそれこそ…と。
奥さん:この子が生まれる前に、「自分の子がもし障害を抱えていても、社会に出た時に一般のルールと同じことができるように!自分も忘れないように!」と思っていたんですが…いざ育てていると、「少し、許して!」と周囲の皆さんに甘えてしまうことがあります(笑)
待合室で騒いだり、座っていられなかったり…。しつけをすると言っても、この子にはわからないことも多いので…。
この子自身も社会に慣れていって、他人の迷惑にならないように気を付けることはもちろんですが・・・この子がこの子らしく、楽しんで生きていければなと思っています。自分も成長していかなければと思いますし、そういったバランスも大切ですよね。
【共に生きる社会へ】
青木:この子と一緒に、自分たち親も、成長していきたいと思います。
共生社会-共に生きる社会になろうということが目指されていますので、「共にいるんだ」もっとアピールしていきたい。ひとりの人として、みんな一緒に生きているんだよということを発信していきたいですね。
奥さん:こういう子がいても、私たちも家族という存在で、一般のご家庭と変わらないんです。私たちも一緒の社会にいたい。一緒にいていいんだと思いたいし感じてほしいと願っています。
現在は様々な社会福祉制度が整っていますが、それだけではどうしても心の隙間までは補完できないのだと、青木さん夫妻のお話から伺えました。
「福祉」とは(※)、決して他人事ではなく、我が事としてひとりひとりが考えていくことで安心した未来が築かれるのだということを私ももっと伝えていきたいと、S君親子を見ながら改めて感じました。