日本古典文学を題材に小説連載・映像化!『遠い昔、はるか彼方』の日本の話を広めたい
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連載小説『西行の娘』Part1
高貴な男、その娘に出逢ゐて
平安末期から鎌倉初期の乱世に、西行という男がいた。
西行は、藤原鎌足を先祖に持つ、武士の血筋に生まれ落ちた。
幾分裕福な育ちで、文武両道で、容姿端麗。
流鏑馬(やぶさめ)、蹴鞠(けまり)、歌と多彩な才能にて名を馳せ、院直属の精鋭部隊『北面の武士』にも選ばれた。
その名声は、当時の朝廷の中枢にまで行き届いた。
しかし、何を以(もっ)てか、彼は突如、官位を捨てて、出家してしまった。
これには、諸説ある。
世の無常を悟っただの、失恋だのと。
崇高な理由か、それとも俗な理由なのか、それさえもわからない。
だが、人とはそういうものだ。
幸にも不幸にも、人の運命は、人が考える以上に不条理で、想像を上回る。
アルベール・カミュが著作『異邦人』で述べた『太陽が眩(まぶ)しかったから』とはこの意である。
さりとて、神に導かれし彼の行動は、多くの人の運命を大きく変えた。
それは当時の人々だけにとどまらず、現代に生きる我々の幾人かも、西行に運命を狂わされているかもしれない。
それはさておき、西行には娘がいた。
父、西行が出家した後、母もほどなく出家してしまったがために、西行の娘は養母の冷泉殿に育てられ、そして、女の童として仕える身となっていた。
そんなとき、西行は娘と再開を果たすのであった・・・
平凡な日常の昼下がり。
雲は見えるが、少なくとも雨ではないし、辺りが暗いということもなかった。
この日、何か歴史を動かすようなことが起きるというわけではない。
貴族ではない人々の生活をしている声が、ちらほらとする。
ただし、至って気に留めるほどのことは一つもないのだ。
だから、人々は、あらゆる自然音や他の人間の生み出す摩擦音や声を聞き流す。
所詮、人は自分のことしか知らない。
また別の理由で音が消える瞬間が人にはある。
感動や衝撃を受けた瞬間の後である。
西行もこの理由で音を失っていた。
『こんなにも・・・』というほどの無数の音が聞こえるにも関わらず。
しかし、西行は周囲ではなく自分の内側から出る大きな音を聞いていた。
何のオーラもなく、ただ幸の薄いどこにでも居そうな幼気な少女を前にして。