日本古典文学を題材に小説連載・映像化!『遠い昔、はるか彼方』の日本の話を広めたい
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西行の娘~Part3~
不確かな美徳の肖像とため息
少しばかり長い思案を巡らせた後、彼女は混沌とする思考回路の中から、決して胸を張れないような壊れやすく不完全な答えを出した。
娘はこう云った。
「わかりました。もちろん、お父様が計らってくれたことを、娘の私が断ることなどできるはずがありません。そうと決まれば、早速ですが、日取りをお決めください。それがどこであろうと、私は参りますので、そちらでまたお会いしましょう」
西行は、この娘の返答に驚いた。
というのは、いくら教育が行き届いていようと、身勝手な自分の行動に加え、いきなりの出家の言い渡しに、何のためらいがないわけがないと思ったからだ。
もちろん、ためらいがないわけではないだろう。
しかし、その本音を斥(しりぞ)け、当時の美徳を考慮した上で、理性を以て、すぐに父の命令を受け入れるとは、並大抵の人間の精神ではない。
その心を超越した、娘の気立てに西行は感心し、思わずこう述べた。
「その若さで、信じられないような実に立派な精神を持っているな・・・」
西行は、この娘の成長した様に、心の底から喜んで、興奮気味に、日時と場所の約束を一方的に決めて、帰って行った。
この西行による娘の出家について、娘は誰にも告げることはなかった。
おそらく、しっかり意思を以て、誰にも伝えなかったのだろうと推測する。
とはいえ、彼女は若かった。
それゆえに、誰かに相談あるいは伝えることができなかったのかもしれないとも考えられる。
なぜなら、反対されるにしても、『告げる』という選択肢もあったはずだからだ。
もちろん、それがきっかけで、父の命令に背くことになろうとも。
だが、そうなれば、父との約束が守られる可能性は薄くなっただろう。
彼女の本心はわからない。
ただし、心中穏やかではなかったであろうことは確かである。
そうこうして、彼女は誰にも出家の由を告げないまま約束の日の前日を迎えた。