日本古典文学を題材に小説連載・映像化!『遠い昔、はるか彼方』の日本の話を広めたい
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西行の娘~Part4~
良心の呵責
西行の娘は、ここ数日ろくに寝れた試しがなかった。
もちろん、この日もよく眠れなかった。
しかし、そもそも眠ろうという気にもならなかった。
気が張り詰めていたのだろう。
必死に握りしめる袖はいつも湿っていた。
「早くその時が来ないものか・・・」
腹が決まってしまった娘にとって、誰にも知られず密かに出家するその日が来るまでは死刑執行を待つ囚人の心境であった。
「善行を求める心がなければどんなに楽か・・・」
娘は事あるごとに『良心の呵責』に苛(さいな)まれた。
朝を迎えると彼女はいつも夜が来るのを望んだ。
『時間が早く過ぎない』というのが、どれほど苦痛であるか。
彼女は思い知らされた。
この経験が彼女をさらに仏門へと誘った。
『待望』と『刹那』の中で彼女は『永遠』の時間を感じていた。
このとき、旧約聖書の『ヨブ記』の結末を彼女が知ることができたならどれほど幸せであっただろうか?
しかし、縁起と彼女の宿命の中でこの5次元的な苦しみは耐えなければならない課題であった。
それは彼女が自分の『居場所』を求めたからだ。
人生を合理的且つ受動的に生きる人間が大半だ。
しかし、彼女はその類の人間ではなかった。
だから多少の犠牲と迷惑をかけながらもこうして後世まで語り継がれる物語を残している。
彼女の『居場所』とは彼女のアイデンティティの中に存在したのだろう。
それは『高貴な娘』である<はず>であるか『武士の娘』<として>であるかはわからないが、それでも彼女は自分という存在・社会の価値の限界に挑戦したのである。
特定の誰かの為に生きるのもそれもまた崇高であるが、リスクを顧みずに自分の限界に挑戦してみることもまた崇高である。
彼女は歴史的・血筋的な観点だけでなく、等身大としての彼女の心意気そのものが高貴な魂であったのだ。
彼女は自分のぼろぼろの心を包み隠しながら平然と生活をする決意をしていた。
もちろん、約束を破り、そのまま生活することもできた。
後戻りできる環境にもあった。
しかし、ある小さな決断はその人のその後の人生を左右させてしまうものだ。
彼女に『後戻り』という選択肢はまるでなかった。
引くことができない分、彼女の苦痛は膨れ上がった。
だが、彼女の頭には『出家』という選択肢しかなかった。
腹が決まってしまうと彼女は育て親の冷泉の顔を見るのが苦しくて仕方なかった。
憎しみを抱く相手を見るよりもそれは苦痛であった。
なぜならば、意図せざる加害者に、しかもとりわけ自分の苦しめなければならない人を悲しませることになるのだ。
「このまま死んでしまえたら、どんなに幸せなことか・・・」
彼女は出家前に死ぬことを強く願った。
しかし、叶うはずもなかった。