日本古典文学を題材に小説連載・映像化!『遠い昔、はるか彼方』の日本の話を広めたい
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西行の娘~完結~
祈り
そのままじっと眺めると彼女は何故だか救われる気持ちがした。
それが何故だかを探るために、外をそのままつれづれなるままに眺めると、ある考えが頭の中に浮かんだ。
彼女は、それがはっきりと自分の思考の中心へと誘われるのを感じた。
それは、彼女が『そこに咲く花も、また葉が移ろいゆく木々も、定められし自然環境の法則には抗えない・・・』と悟ったからである。
少しの沈黙を経て、再び冷泉殿は力なく語り始めた。
「ただ少しばかり情状酌量の余地がある。それは、もう牛車に乗っていたにも関わらず、『もう会うことはできないだろう』と寂しく思ったのであろう。用もないのに、帰ってきて、私の顔を妙な表情でまじまじと見つめ、それから再び車に戻った様子は、私の心を掴んだまま離さない。これは、恨めしいと思う今でも、あはれに思えて仕方ない。むしろ、どうしてか、彼女が可哀想に思えて仕方がないのだ・・・」
冷泉殿は、外の庭と、脳裏に浮かぶ娘の最後の後ろ姿が重なって見えた。
その最後の瞬間見せた、言葉よりも心に訴えかける娘の背中は、仏が述べた、この世の根源的な悲しい性(さが)に近いものを彼女は感じた。
そして、彼女は思った。
何の悪の痕跡がこのような事態を招いたのか。
それは、娘に流れる血が原因なのか。
それとも、自分が娘を自分の感情を押し殺せるほど、立派に育てたことが問題だったのか。
もしくは、娘の知られざる悪の一面が存在したのか。
あるいは、そもそも自分の教育が間違っていたのか。
そうでなければ、世界それ自体が悲しみの塊なのか。
だが、考えても、考えても、その答えは見つからなかった。
その代わりに冷泉殿は、仏に祈るのであった。
もう自分の手が届かない娘の幸せを。
そして、自分がもう娘を恨まずに暮らしていけるように。
冷泉殿は筆を執り、紙に黒い文字を刻んでいく。
娘がどうであれ、これだけは貫いてほしいと願うことを文にしてみた。
それが届かないものと知りながら・・・
振り返れば悲しみの重力に飲み込まれる。
もうお前は振り返ることはできない。
ならば、自分の信ずることを極めよと。
せめて、精一杯。
ここまで書いて冷泉殿は戸の奥の方へこの文を隠した。
せめて仏が自分の思いを娘に届けてくれるようにと祈りながら・・・