日本古典文学を題材に小説連載・映像化!『遠い昔、はるか彼方』の日本の話を広めたい
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この矢をば~Part2~
ハードボイルド
なぜなら、男には噂など自分には関係なく、どうでもよいことであることを理解していたからである。
男は凛(りん)とした出(い)で立ちで、むかってゆく。
こうして招かれざる客が馳(は)せ参(さん)じたのである。
その人物とは「入道」と呼ばれる出家僧の恰好(かっこう)をした高貴な男であり、時を我が物にしようと台頭していた藤原道長である。
入道が、ほぼ敵陣であるこの一族・集団の催しに参加しようと思った所以(ゆえん)はただの嫌がらせからではない。
道長は自分の弓の腕に自信を持っていた。
その自信から相手がどこであろうとそれが仇(あだ)の催しだろうと気にならなかったのである。
向かうところ敵なしとはまさにこのことであり、それは己の身構え次第であるということがここでよくわかる。
巷(ちまた)の噂(うわさ)では、すでにその腕前は知られていた。
それを明るみに出し、確実なものにしようという思惑があったわけではない。
ただ、『自分が好む遊び』で人が集まるというのでそれに参加しようという純粋な思いによるものに過ぎない。
だが、<社会的動物>である我々人間は、むしろそういった下心なき純粋な感情といったものの方が理解し難い。
入道の顔を見た「中の関白殿」すなわち父の道隆は、その瞬間、心臓を掴まれ、全世界の時間が停まったかのような感覚に陥った。
というのも、この『弓遊び』を催すよう師殿に支持し、本件の裏で糸を引いていたのは何を隠そう父道隆であったからである。
「なぜ、わざわざ敵陣に単身飛び込むような無防備な行動に出るのか?」
道隆は考えた。
だが、考えれば考えるほど闇は深まる。
父道隆には入道のこの行動が不気味で仕方なかった。
とはいえ、ここは南院である。
「自分の膝元で、まさか官位のある身分が下手な真似をするはずがない」
道隆はそう思い、入道は自分より低い身分ではあるが、向こうの立場を立てれば問題は起こりえないと、やや大げさに機嫌を取ることにした。
「これはこれは、入道殿。よくぞ、おいでなさいました!」
入道は中の関白殿である道隆に気をかけてもらうことは悪い気持ではなかったが、そもそも『ごまをする』という風習には『虫唾(むしず)が走る』心持(こころもち)であった。
結局、道隆の心遣いよりも自分の信条への思いからの憤(いきどお)りの方が勝(か)った。
「こちらこそ、本件に参加させて頂けることには感謝の意を述べたい。本日は宜しくお願い申し上げる」