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2001年秋田ワールドゲームス メモリー その1




2018.4.29
2001年秋田ワールドゲームス メモリー その1
世界選手権は2年に1度、ワールドゲームスは4年に1度オリンピックの翌年に開催されるもう一つのオリンピックと呼ばれる国際大会で、ライフセービング競技は世界トップ10の国のみしか出場できないまさにオリンピックのような大会。(当時はトップ8まで)2001年は日本の秋田で記載されたので開催国枠として初めて出場しました。
その時の日本代表は、男子は、林昌広、雨海建五、但野秀信、菊地太、入谷拓哉、女子は、遊佐雅美、藤原梢、佐藤文机子、稲垣裕美、芦澤菊江の10名というチームでした。
当時は、日本代表チームに選ばれたら顔合わせをして、次に会うのはもう大会当日という状態でしたので、せっかく日本で開催するのだからなんとかいい成績も残したいし、チーム種目の連携も練習しておきたい、ということで協会に頼んで合宿をしてもらいました。
合宿をやってもらったとは言っても、練習場所も宿泊場所も全部自分たちで準備して、自分たちで集まって、自分たちでメニューを考えてやりましたね。ふっと気がつけば今も同じことやってますね(笑)ある意味、それが今のHPTの原点だったのかもしれません。
その合宿の成果なのかはわかりませんが、男子ボードレスキューで林、天海コンビがなんと銅メダルを獲得したんです。本当に嬉しかったです。自然と涙が出てきましたよ。当時は全くクラフト競技では相手にならなかったですからね。本当に快挙でした。
事前の合宿もそのためにやったようなものだったし、準備など全部自分たちでやっていたから大変だったけど、そんなことも吹っ飛びましたね。自分がメダルを取ったかのように嬉しかったのを今でも覚えています。
この時のワールドゲームスでは、オーシャン競技とプール競技も実施されたので大変でしたが、オーシャン競技は種目も少なく1日だけの開催だったかな。波のない夏の日本海で全くフラットでしたね。
実は私自身ビーチフラッグスに出場したのですが、あわよくばメダルをと狙っていたものの、残念ながら早い段階で負けてしまいました。一緒にビーチフラッグスに出場した但野選手はなんと銅メダルを獲得!事前の合宿でも普段の練習でもずっと私の方が勝っていたので悔しかったな。私にもチャンスがあったのに、、、
女子ビーチフラッグスでは、遊佐さんが金メダル、藤原さんが銅メダルをみごとに獲得し、その日の晩のNHKニュースでメダリストとして番組出演していました。正直羨ましかったです。
事前の合宿の成果もあってか、一つのチームとしてもまとまっていた気がします。ライフセービング競技は個人種目が多いですが、いい成績を残すためにはチームワークが鍵を握ると思っています。日本代表チームのチームワークの良さは、今でも引き継がれていると感じています。
そんな日本代表チームをこれからも見守り続けたいと思います。 入谷拓哉