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一番下の窯が高温で安定すると、次はいよいよ陶器が入っている窯を燃やし始めます。この日は、午前3時頃に一番下の窯に火入れをして、午後9時ごろから次の窯を燃やしはじめました。
薪入れは至難の技
今回の窯焚では、たくさんの人がお手伝いや見学に来ていました。ご家族でいらっしゃった方も。
子どもから大人までたくさんの人が、登り窯から噴き出る炎の迫力に圧倒されながら作業を見守ったり、実際にお手伝いをしたりしていました。
私も実際にやってみたのですが、この作業がなかなか難しいんです。窯の下の方にある、炎のエネルギーや熱を通す穴を塞がないように、また窯全体に炎が行き渡るようにバランスよく薪を入れていきます。
窯に開いている小口から薪を投入するのですが、内部の様子は燃え上がる炎で見ることができません。また小口付近は本当に熱いので、窯に背を向ける姿勢で薪を投げなければいけません。そうして自分の力加減だけを頼りに、薪をバランスよく窯の中に入れていきます。私も実際に体験したのですが、思うように薪を投げれず苦労しました。
窯焚では全ての陶器を焼き終えるまで、絶えずこの作業を繰り返し行います。
白色の炎
窯焚を見学して初めて知ったのですが、高温の炎の色は赤ではなく「白」。温度が高くなればなるほど、炎の色は白く明るい色になります。温度計がない時代、職人は炎の色合いで内部の様子を判断していたそうです。
窯焚では、温度を上げるペースも注意しなければいけません。急激な温度の上昇は、陶器に「ひび」が入る原因になるそうです。薪を入れる量やペースを調整しながら、時間をかけて温度を上げていきます。
炎の力が生み出す神秘的な光景
窯の中が一定の温度になったら、いよいよ中に入っている陶器の状態を見るために「いろみ」を取り出します。
炎が吹き出す小穴から「いろみ」を取り出した時、赤く光った小さな陶器が暗闇の中に現れます。炎のエネルギーによって輝く「いろみ」は本当に美しく、その光景はとても神秘的でした。
「いろみ」を取り出した後は、空気で冷ましながら陶器の状態を確認します。「いろみ」の状態を判断する川尻さんの目つきは、真剣そのもの。普段の優しい雰囲気の川尻さんとは異なる「職人」の一面を垣間見ました。
窯焚は時間と労力との戦い
こうして、全ての陶器の焼成を終えたが翌日のお昼過ぎでした。約36時間もの間、窯の温度が下がらないように絶えず薪をくべます。この間は短い睡眠時間の中、絶えず炎の近くにいるのでとても体力を要します。
こんなにも時間と労力をかけずに、効率的に作る方法はあるかもしれません。しかし、そうしないのが川尻さんの「こだわり」。川尻さんの陶器がもつ独特の風合いは、登り窯だからこそ生まれる個性です。
手間と愛情たっぷりの陶器
一つの陶器が出来上がるまでには、窯焚だけではなく、土を作ったり、形を整えたりと、多く時間がかけられています。川尻さんは全ての工程を手作業で行うため、一つの陶器にかかる時間分、あるいはそれ以上に手間と愛情がかけられています。
私も経験がありますが、人の手によって大切に作られたものほど、普段の生活で丁寧に扱うようになります。それは義務感による行動ではなく、自然と「もの」に意識が向くからだと思います。
想い入れがある「もの」と一緒に暮らす生活は、暮らしの中に「もの」を使う楽しさを見いだすことができます。そんな日常の些細な楽しみが、日々の暮らしを豊かなものにするのではないでしょうか。
川尻さんが作る陶器は、使うことが楽しみになる「もの」ばかりです。