群馬県前橋市にある障害者支援施設「ルンビニー苑」の管理者・青木利治さん。
青木さんは16年間老人ホームにお勤めののち、現在の施設に配属されて13年間勤務されています。
この度の出版企画にご賛同いただき、今回の取材を快く引き受けてくださいました。
また、青木さんには発達障害を抱える小学生の息子さんがいます。
施設管理者として、また親として社会に思うこと、伝えたいことなどお話いただきました。
前後編に分けて掲載したいと思います。
多様な障害特性への理解を
青木(以下敬称略):今回の出版企画のような、こういった活動には賛成です。私もいろんな方に障害者やその周りの環境のことを広めたいんです。まだまだ知らない人も大勢いますから…。
かくゆう私自身も、現在の施設に移動する前までは何も知らなかったんです。
勤めていた老人ホームもこのルンビニー苑も同じ法人が運営していて同じ敷地内にある施設なのですが、それでも最初は戸惑うことばかりでした。
どういう方がいるのか、どんな障害があるのか全く知らなかったんです。いざ現場に入ると、障害の特性の多様さに驚いてばかりでした。
ルンビニー苑は知的障害を持つ方を対象とした入所施設です。重度の方が多く、平均年齢は57歳。車いすの方や、人とのコミュニケーションをとれない方が多いとのことです。
青木:こちらでは全てのドアに鍵がついており、職員が出入りする度に施錠しています。もし利用者さんが外に出てしまったら、自力で帰れずそのまま戻ってこられないかもしれないからです。感情や体調の起伏も激しいので、行動が読めず戸惑うことも多かったですね。
そう言いながら、青木さんはとある資料を見せてくれました。「発達障害」と言われる症状のうち、主な種類の障害を説明してくださいました。
●自閉スペクトラム障害(ASD)
社会的コミュニケーションおよび対人的相互反応における問題。
「人とうまく関われない、空気が読めない、会話のやりとりが苦手など」
行動、興味、または活動の限定された反復的な様式。
「こだわりが強い、いつもと違うと不安、何かに執着した興味を持つ、決まった音や臭いが極端に苦手」
●注意欠如・多動性障害(ADHD)
注意散漫、集中持続困難、衝動的な行動や言動。
ADHDの診断に際して客観的な尺度として参考にされている「ADHD-RS(ADHD- Rating Scale)」というチェックリストには、以下のような特性が挙げられている。
(全18項目のうち、一部抜粋)
・手足をそわそわと動かし、またはいすの上でもじもじする
・教室やその他座っていることを要求される状況で席を離れる
・直接話しかけられたときに聞いていないように見える
・課題や活動に必要なものを失くしてしまう。
・順番を待つことが難しい
●限局性学習障害(LD)
読字の障害
「一文字ずつしか読めない」「読むのが遅い」「読んでも意味が理解できない」
書字表出の障害
「文字を正確に書けない」「文字を思い出せない」「うまく文章で表現できない」
算数の障害
「数のイメージがつかめない」「計算ができない、遅い」
青木:その方が抱えている特性は様々です。1つだけの方もいれば、全てに当てはまる方もいて、ひとりひとり違うんですね。対応が千差万別なので、ひとりひとりの個性を把握しながら支援することの難しさは感じます。
青木さんへインタビューの前に、利用者の皆さんが休憩されている広間にお邪魔させていただきました。こちらを静かに眺めている方もいれば、「こんにちはー!」と元気よく挨拶してくださる方も。ただ、外見からその方が持つ特性を判断することはできず、接してからでないとわからないことの方が多いのだろうと感じました。
青木:外見だけではわからないことから、障害はみんな同じだと思われている傾向はありますね。利用者の皆さんを旅行や買い物にお連れすることもあるのですが、「えっ…?」と怪訝な顔をされたり、避けられたりすることも多いです。
中には確かに手を出しやすい子もいますが、職員もきちんと見守っていますし、全員が全員暴力を振るうわけではないので…。
悲しい気持ちもありますねと、そっと言葉を添えた青木さん。
一番そばで支援してるからこそ、感じる視線もより強いのだろうと思います。
【もっと地域へ、社会へ参加したい】
でもだからこそ、もっと地域の方へ知ってもらうべきだと、青木さんははっきりと仰います。
青木:なるべく地域の方にも知ってもらいたくて、納涼祭や法人のお祭りなども法人の体育館等でやっています。一緒に盆踊りを踊ったり、地域の子供たちとも一緒に楽しんでもらっているんです。定期的に近隣のデパートやショッピングモールへ行ってみんなで食事をしたり、この秋にはなるべく職員がひとりひとりに一人ずつ傍にいられるようにして、ディズニーランドへの小旅行を計画しているんです。
また、高齢の利用者さんの為に開催した敬老会に、同じ敷地内にある障害者児童施設の子供たちを呼んで、今年大流行した音楽でみんなで踊ったとのことです。とても楽しそうでしたと、青木さん本人も笑顔でお話しされました。
【医療現場での不安と希望】
ルンビニー苑の利用者の方々は60人程で、平均年齢が57歳。
高齢の方が多いので、医療機関との連携が強く望まれています。
しかし青木さん曰く、病院にお世話になる中でもまだまだ大きな課題は目の前にあるとのことです。
青木:利用者の皆さんは知的障害を抱えている方がほとんどなのですが、自分の意思が示せないことを理由に、治療が中止されてしまうことが過去にありました。「治療の過程が理解できないので、自分で努力することが難しい。当病院ではもう治療する必要はないと判断します。」と言い渡された日は非常に戸惑いました。
ここ最近でも、入院生活が難しく断られたこともありました。点滴を外してしまったり、看護師さんに手を挙げてしまったり…。また、「職員が24時間ついてくれないと入院はNG」という病院もありました。その時は職員が泊まり込みの交代で見守る必要があり、施設側の負担も大きいところです。
ルンビニー苑の協力医院もありますがそちらは内科のみなので、他の科の受診は私たちが一般の病院へお連れするしかない状況です。
確かに、もし他の患者さんの点滴を外してしまったら…取り返しのつかないことになってしまったら…と、受け入れ側の病院側が抱えるリスクも大変大きなものになることは想像に難くありません。
しかし誰もが利用する医療機関。障害者支援において、暮らし(施設)と医療現場の狭間で起きるこの「溝」を埋めるものはないのでしょうか?
多くの命を預かる医療機関にも直面している課題があるならば、そちらの解決も目指してゆくべきなのでしょう。
【保険サービスの利用】
そして、知的障害の方が受けられる保険についても教えてくださいました。
これらは、例えば万が一ご本人が他人の物を壊してしまったり、ケガをさせてしまったりしたときに適用される保険です。(条件あり)
また「被害事故」に対しての弁護士費用等保証や、入院費、災害保険なども手厚く保証されています。
【閉鎖された空間ではなく、社会の一部として】
青木:昔は、障害者は外に出ないように、という傾向が強かった。でも地域社会にどんどん認めてもらわないと、施設の中というただただ囲われた空間に閉じ込められてしまいます。なるべく外に出て、社会の皆さんの生活リズムに合うように。参加することによって認められる部分もあるので、「こういう人もいるんだよ。」ということをなるべく知ってもらいたいですね。
子供のころ、きょうだいである私は、障害のある姉妹のことを恥ずかしいとか隠したいと思ったことはなく、むしろ「普通に」「誰かに」姉妹の話をしたかったという思いがありました。でも周囲の顔色や反応から、「話してはいけないことなんだ」と自ずと共有することを諦めていきました。もちろんその中には弱音や愚痴もあります。でも楽しかった思い出や嬉しかったことも確かにあります。
障害を抱える方への理解が広まることは、その家族の過ごしやすさにも大きく関わっていることなのだと改めて教えていただきました。