2016-04-12 15:12:47 活動報告一覧に戻る
作曲家 平野一郎さんより「星巡ノ夜」の楽曲解説が届きました!
息子でヴァイオリニストのヤンネさんとともに奏でる”四季”
想像力をふくらませて・・・・いざ!宮澤賢治の世界へ。
平野一郎:二重協奏曲〈星巡ノ夜(ほしめぐりのよる)〉 〜ピアノ(左手)、ヴァイオリンと小オーケストラの為の 宮澤賢治ノ心象ノ木霊(みやざわけんじのこころのこだま)
「二重協奏曲〈星巡ノ夜(ほしめぐりのよる)〉」は、ピアニスト・舘野泉氏の委嘱に応え作曲したものである。ヤンネ舘野氏とのデュオの為の「精霊の海(せいれいのうみ) 〜小泉八雲(ラフカヂオ・ヘルン)の夢に拠る〜」(2011)、泉氏のソロの為の「微笑ノ樹(ほほえみのき) 〜円空ニ倣ヘル十一面〜」(2012)に続く第3作。海の音楽、山の音楽を経て辿り着いた、星の音楽 …泉氏のピアノから零れる雫、ヤンネ氏のヴァイオリンが描く弧に導かれた、巧まざる三部作の完結篇である。舘野泉&ヤンネ舘野両氏に献呈。
“宮澤賢治ノ心象ノ木霊(みやざわけんじのこころのこだま)”と銘打った本作、2011年初夏より度々イーハトヴを訪れ、北の清冽な気圏の底に修羅の足跡を辿るうち、われ知らず朧げな構想を宿し、13年夏に委嘱を受けその秋に本格着手、春を待ち望む翌14年3月、ようやく無事に産まれて来た。
楽曲の構成は次の通り。
第1楽章:天路ノ汽笛(てんろのきてき)
挿楽:春—磐船星(いわぶねぼし)
カデンツァ α:ジョヴァンニの肖像 [ヴァイオリン独奏]
挿楽:夏—棚機星(たなばたぼし)
第2楽章:銀河ノ舟歌(ぎんがのふなうた) ∋ カデンツァ β:カムパネルラとの対話 [ピアノ&ヴァイオリン]
挿楽:秋—海鳴星(うみなりぼし)
カデンツァ γ:ブルカニロ博士の告白 [ピアノ独奏]
挿楽:冬—御統星(みすまるぼし)
第3楽章:際涯ノ星祭(さいはてのほしまつり)
協奏曲の本編は第1・第2・第3楽章。『銀河鉄道の夜』を枠物語として『春と修羅』や幾多の童話群に由来する音象徴を其処此処に散り嵌めた。その幕間に春夏秋冬に擬した極小の挿楽—天文民俗学者・野尻抱影(のじりほうえい)流の和名を冠した四つの星の間奏曲—を配置。さらにその間にピアノ、ヴァイオリン各々のカデンツァを挿入。中央の第2楽章は入れ子構造、流れる舟歌を中断するようにピアノ&ヴァイオリンの対話によるカデンツァが奏される。第1・第2楽章の後に休止がある他は、全てアタッカで結ばれる。打楽器を除くオーケストラは、銀河の此岸と彼岸のように、二群に分かれて相対する。
こと西洋音楽家が宮澤賢治を題材とする時、ついついその表層の西洋趣味に光が集まり、時に土の匂いを欠き地に足着かぬ物足りなさを覚えることも多い。でもほんとうの賢治の生き様の根は、無用者の疾しさを肚に抱えながら貫いた奥深い風土との直の交わり。その作品は大地から湧き上がる強烈な土俗に鍛えられてはじめて煌めいた幻想世界であったに違いない。賢治作品が映し出す心象風景にまこと相応しい音楽を…そんな志の下に作曲した。
音の彼方に耳を澄ますと、天空を渡るチュンセポウセの銀笛が、水泡に揺らめく蠕虫舞手(アンネリダ・タンツェーリン)の律動が、銀河に沈むタイタニックの讃美歌が、高らかなハルレヤの絶唱が、南無妙法蓮花経(ナムサダルマプフンダリカサスートラ)の真言が、黒烟吐いて桔梗いろの空目指すベーリング行XZ号の轟きが、そして東北に今も伝わる鬼剣舞や鹿踊 地神乱舞の熱狂の祭が、遥かに谺しているかも知れない。
去る2月14日、舘野泉氏のピアノ、ヤンネ舘野氏のヴァイオリン、舘野英司氏のタクトの下、賢治の理念と精神を引き継ぐ東北農民管弦楽団の第3回定期演奏会(仙台)にて初披露、このたび東京初演を迎える。坂入健司郎氏&東京ユヴェントス・フィルとの新たなる一期一会に心しつつ、いま再び誕生する音楽を、お集まりの皆様と共に寿ぎたい。 平野一郎